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今年も、3.11が終わった。

 

 

 

3月12日、0時00分。

 

 

 

今年も3.11が終わった。

 

震災にまつわる記事が例年たくさん発表される日。それらを読んでいたら、0時を回っていた。

 

 

今年は数件の記事を通して、4つの決意をした。昨年までは、読んで、こわいこわいと浅はかに思うだけであった。

 

 

 

 

私は震災時、いた場所が揺れた。それだけの人間だ。だからこれから発表する決意は、直撃的に震災の影響を受けた人々のように深い考えはできていないし、その方々に何の配慮もない。自分のことしか考えていない、あくまでもやはり浅はかな人間の決意である。

 

しかし、記事を読み、自分の命は自分で守る、という言葉を多く目にしたため、その言葉を盾に、自己本位の決意を述べさせてほしい。

 

 

 

 

 

一つ目、

 

お金も、大切にしていたものも、人も、何もかもがなくなっても、自分という存在、身体、命だけがあれば、それだけでなんでもできる、中身の詰まった人間になる。

 

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昨日読んでいた記事から拝借した画像である。

 

震災翌日、朝が来て、街が光で見えるようになると、この光景が目に飛び込んで来たと語られていた。

 

 

 

自分の街で想像してみる。

実体験ではないため非常に浅はかだが私は、全てが終わった、と考えるのではないだろうか。

 

それは私が、私自身が何も持っていないから。私は私に自信がない。だからお金やモノを大事に大事にして、その存在に安心している。お金やモノは過去の積み重ねだ。自分が頑張って生きてきた証だ。今と未来の自分に何もないと感じているため、それら過去の証がないと生きていけない。過去の栄光。過去にしがみついている。

 

だから、モノが何もなくなったら、私は全てが終わった、と思うだろう。命が助かっているのに、もう何もかもないのだから、生きていけない、死んだほうがよかった、などと思ってしまうだろう。

 

しかし記事を読んでいて、それが本当に馬鹿げた考えであったと気が付いた。命があれば、なんでもできる。過去のモノがなくても、再出発できる。死んだほうがマシなど、どれだけ失礼な考えだっただろう。

 

モノがなくても、不安にならない、どっしり構えて生きていくために、私には、中身が必要だ。何もない状態から立て直せる、生きていく術が必要だ。お金を生み出せる能力、知恵、生きていけるという自信、思想。身に付けて身に付けて身に付けて、ぎっしり詰まった、身体だけで生きていける人間になる。

 

 

 

 

 

 

二つ目、

 

住む場所の土地勘をびしばし身に付ける。近くの高台、少しでも高い地点はどこか、避難ルートはいずれか。そしてハザードマップを刮目する。

 

 

 

先にも述べたが、自分の命は自分で守る、災害時の鉄則だ。今まで人に頼って、ついていけばなんとかなると思って、生きてきた。しかし、ついていった人が何も知らなかったら、なんとかなんてならない。自分の意志で持って、私はこっちが安全だと知っているからこっちへ行くの、ついていかないわ、むしろみんな私を信じなさい、くらいの器量を持って生きれるよう、土地を熟知する。

 

そしてこれは家族にも絶対にやってもらいたい。私は私で逃げるから、心配しないで、自分は自分で逃げてほしい。離れているとき、災害にあったら。親ならば、私の身を案じて探しに行くかもしれない。まだ津波が来ていないからと、一度は高台に避難したのに、戻るかもしれない。私は避難できていたのに、親は私のために戻ったが故に亡くなった、なんて耐えられない。想像しただけで涙が溢れる。

 

だから、私は避難を熟知しているから大丈夫だと示し、家族にも熟知、自主避難してもらう。自分たちそれぞれで逃げることを約束する。(cf.津波てんでんこ)

 

 

 

 

 

 

三つ目、

 

できるだけ穏やかに優しく生きる。感謝は伝えられるときに伝える。

 

 

人間いつどうなるかわからない。自分も他人も。失ってから気付いたり、悔いが残るのは絶対に嫌だ。

 

もし突然、自分が亡くなるその瞬間、あの人にキツイことを言ったきりだ、あの人にありがとうと言えていない、などとやり残しを思い浮かべるなんて最悪だ。もし突然、知人が亡くなるその瞬間、彼彼女が私のキツイ態度を思い出し、最期なのに、少し辛いまま消えてしまうなんて最悪だ。申し訳ないなんてものではない。

 

 

だから、常に相手を気遣い、感謝を伝える。

 

 

 

 

 

 

 

四つ目、

 

風化させない。忘れず行動を続ける。

 

 

起きた災害は時とともに人の記憶から薄れていく。私のような揺れただけの人間はそうだ。今でも、無いものは無く、現地の暮らしはそのままでも、忘れたように平然と生きている。そんな自分が嫌だ。

 

 

記事を読んで、被災者の話を聞くだけでも違うのかもしれないと思った。それは、災害の実体験を受け継ぎ、それをまた人へ繋げるという意味もある。

 

それから、自分以外亡くなってしまった人がいる中で、家族はみないて、家がなくなったなどの人は、自分の悲しみをその中ではなかなか言い出せないのではないだろうか。そこへ、私のような人間がいたらどうか。私にはその悲しみを話せるのではないだろうか。

 

 

また、実際その地へ赴き、復興と活気付く街で楽しむ、お金を落とす、その興をまた人へ伝える。

 

 

そんな風にして、力になるとはおこがましいが、なにか行動できることがあるはずだ。この文章も4つの決意を忘れないための走り書き。なんでもいい、なにかする。

 

 

 

 

 

             

 

 

 

 

昨年までの私とは違う、3.11であった。

 

記事を読んで、涙ぐむだけの私ではもうない。記事で語る人々より、圧倒的につらくないのに、涙ぐんでいる自分が嫌で仕方なかったが、今年は違う。

 

 

 

母親を失った高校生を見て、私だったらもう生きていけないと思っていたが、それは母親に頼りきりだったからだ。今、ある程度、食事洗濯掃除等、家事をするようになって、生きていけないとは思わなくなった。少しだけ強くなった気がする。

 

 

すべては一つ目の決意に収まるが、このようにして、もっともっと、自分だけでできることを増やし、強く生きる人間に、私はなる。

 

 

 

災害はいつ起こるかわからないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

今から始めよう。

 

 

さっそく、家族との話し合いに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参考文献:

 

milieu.ink

 

www.e-aidem.com